路傍生活者

ラブリーでファンシー

デカい通り沿いのマンションに住みたくない

今日もまた不動産屋に行って部屋を内見する。

俺の三度目の部屋探しは難航していた。時期が時期で部屋は売れ残りばかりだが、なぜか昨日見た物件が今日埋まっているようなことが頻発している。俺と同じように変な時期に部屋探しをしている気の毒なライバルたちがいるということだ。

ちょっといいなと思った部屋を取られ続けた俺は、即断即決に勝機ありと不動産屋からすれば鴨がネギを背負ってくるようなマインドセットで今日も部屋を探しに出かけた。

今回見るのは14階建てマンションの12階に位置する部屋で、俺の人生では最も高い場所にあった。ちなみにマンションも初めてだ。

そのマンションは大通り沿いに立っており、高架もあるため辺りは交通の要所といった様子だった。

内見で部屋に入ると、トイレと脱衣所、洗面台が一体になっているという謎の造りで、風呂トイレ別なだけマシだが、なんか嫌だなという第一印象を受けた。

しかしそれ以外は申し分がなく、設備も新しいということでなかなかいい部屋だと思った。

その部屋は東向きで、バルコニーから大崎や品川のあたりを一望できる。遠くに巨大クレーンが明滅し、視界の左端では東京タワーが暖かいオレンジ色を湛えていた。景色は抜群だ。

しかし一方で、俺はこの空間に少しビビっていた。致死量の高度で孤遊する空間は、宇宙船や潜水艦のような心細さで満たされている。地上と俺を繋ぐアンカーは非常用階段だけだ。

正直高いところに住んでみたい好奇心もあったが、気が塞いだ時にここにいたらヤバそうだと思ったので諦めた。

最終的に選んだのは商店街近くのマンションの一階だった。周りは住宅街で、他人の暮らしの匂いが漂っている。

フェンスと植木の隙間から通行人の顔が見えるような物件だが、米粒のようだった人間が等身大で歩いていて、部屋の扉を開ければすぐに街に"帰還"できるその距離感が気に入った。

またバルコニーはそこそこの広さがあって、小さな机と椅子を置く余裕がありそうなので、晴れた日はそこでコーヒーを飲んだら楽しそうだと思った。

自分がマンションの高層階にビビる田舎者であることが分かったが、良い物件が見つけられてよかった。